明治維新の改革期、可能な限り近代化を急がねばならぬ逼迫した情勢の中で、渋沢栄一のような先見の明をもって率先した豪農出身者は別格として、高橋亀吉(『日本近代経済形成史』三冊・昭和43年、『日本近代経済の育成』昭和44年)の調査と分析によれば、町人階層は新時代の見通しが立たず及び腰であったけれど、先祖代々の封禄を失った中堅以下の旧武士階層が働き人として参入したので、必要な人手はほぼ確保できたものの、彼等を統率して有効に力を発揮させる指導者(リーダー)がいない。そのため急遽の対策として帝国大学を創設した。それゆえ求められているのは各部門における専門家(スペシャリスト)ではなく、労働力を有効に束ねて引っ張ってゆくための大局に通じる統率者(ゼネラリスト)である、東京大学の教育が概論総説を中軸に据えたのはそのせいであった。
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単なる「激動の時代! 明治維新と同じ!」というスローガンよりも、ずっと腑に落ちる。
- 「町人階層は新時代の見通しが立たず及び腰」というのは何時の時代も変わらん。
- 第二次世界大戦後は、旧武士階層ではなくて農家の子弟が働き人として転換していった。
- 目下の問題は、人手というものが既に飽和してしまっている……もしかすると、何事かをなすのに人が必要でさえないかもしれない情勢。